2010年11月04日

金儲け論

金儲けをする場合考えておくことがある。


どうすれば儲かるか。


どうすれば儲からないか。


本当に当たり前のことだが、


金をもうけるためには人の役に立たなければならない。


あまりにも当たり前のことである。

そして、きれいごとのように聞こえる。

これがきれいごとのように聞こえる人へ質問する。

では、あなたは何の役にも立たないことにお金を払いますか?

金をどぶに捨てるという言葉があるが、

いまだかつて、そんなやつを見たことがない。

何の対価でもなく金を払っている人も見たことがない。

ものを買ったら金を払う。

面白いものを見たら金を払う。

必要なものに金を払う。

詐欺は別。犯罪だから。

そして、詐欺は続かない。

儲ける事は一時的で、継続性がない。

つかまれば牢屋行き。


もう一度聞こう。

あなたは、役に立たないものにお金を払いますか?

確かに、割高な買い物はある。

しかし、それは不必要なものではなく、

必要だと感じたから購入したわけで、

はじめからいらないと考えて買ったわけではないだろう。

だから、

お金を稼ぎたければ

人の役に立つ必要がある。

方法は色々。

何がいいかは分からない。

しかし、何か人の役に立つものでなければならない。

自分のために役に立ったことが

人の役に立てばラッキー。一石二鳥。


それにしても、

自分が金を払うとき、

役に立たないものには絶対に金を払わない、

もしくは払いたくないというのに、

金を儲けるときには、

人の役に立たなければならないというと、

きれいごとのように感じるのはなぜでしょう?

同じことの表裏だというのに。

そして、詐欺で騙された人は、

二度と同じ人や同じ手口では騙されない。

下手をすれば訴えられる。

自分が詐欺に合えば訴えたいのに、

詐欺のような商売をやって成功すると思う人がいる。

おかしいじゃないですか。

自分だけは訴えられないとでも思っているのでしょうか。

逃げ切れるとでも?

必ず追い詰められます。

大衆は甘くないのです。

簡単に騙せるようで、いつか見破られます。

本物でなければ。


だから、どうしても

お金を儲けたければ、

何かの役に立つ必要があります。

何が役に立つかは分かりませんが。


まあ、世界平和の祈りは金儲けにはなりません。

しかし、私の心の安定には役に立っています。

妖怪が平和でありますようにというのも、

自分の中の妖怪が暴れださないようにということで

役に立っています。

ウソを書くのがまずいです。

何回も騙せません。

ウソはつじつまが合わなくなるので、

いつまでも覚えておく必要があります。

しんどいです。

うそをついて金を手に入れることができるのも

才能なのでしょうが、もったいない。

それなら、小説でも書いて稼いだほうがいい。

小説はフィクションですから、

どんなにウソでもかまわない。

それを喜んで読む人がいるわけですから。

そういう意味ではとても役に立つわけで。

人を楽しませる、感情を揺さぶるというのは

とても素敵なことです。

当然お金を払います。儲かります。そのつもりでなくても。

儲かり方はやることによって変わるでしょう。

しかし、

役に立つことしか儲からない、というのは

事実です。


役に立たないことでお金を儲けることができるなら、

見ず知らずの人に

ジュースを一本おごってください、

といって

おごってもらえるはずです。

しかし、これではかつあげです。

ゆすりですから犯罪です。

きっとばれたら牢屋行きです。

それでは駄目です。

人に喜んでもらえることをしないと

お金はもらえません。

継続的には。

どうしても継続的に儲けなければ生きていけません。

だから、やっぱり人の役に立たなくてはいけません。

それ以外に選択肢はありません。

何が役に立つことなのか。

自分にできることはあるのか。

何をすれば儲かりやすいか。

その辺は大問題ですから、

というかそれが分かっていたらこんな文章は書いていません。


毎日を

役立たずといわれて過ごしています。

存在が許されている限り役に立たないということはないはずなのですが、

人の目では役立たずでも、

自然の中では何かの役に立っているかもしれません。

そのあたりは希望がないとつらいでしょう。


生きているということは、

許されてここにいるわけで、

必ず何かの役に立っています。

ブログだって、

本当にスパムブログなら

アカウントが削除されて

存在が消えてしまいます。

あなた自身が役に立つ存在であるから生きることが許されている。

あなたが生きていて伝えたいことがあるなら、

それは十分役に立つことのはずです。

それこそが金儲けのはずです。

そこにあなたの仕事があるなら、

誰かのために役に立っているから給料がもらえるはず。

役に立つ予定がなければ、

給料ではなく月謝を払っているでしょう。
あなたは、生きているだけで誰かの役に立っている。

自分は役立たずだと思う人は、

あなたの存在を許している大いなるものを冒涜している。

何の意味もなく、

役に立つ見込みもないものを

神は存在させることはない。

自然の中に無意味なものはない。

人間のレベルでは解らないというだけのこと。

解らずに役に立っていることはいくらでもある。

実際に。

だから、


確かに、人間の見ているレベルでは役に立たなかったり、

邪魔だったりするものが、

あとで重要なものだったとか、そういうことがよくあるわけで。


本当にあなたが役に立たないのなら、

この世には存在していない。


神からすれば人間の命など好きなようにできるのだから。


自分の目線では役立たずかもしれないが、

神の目線では絶対に何かの役に立っている。

そうでなければ存在できていないのだから。


人の喜ぶことをせよ。

そして、何をすれば喜んでもらえるかを

真剣に考えましょう。


お世話になっている人。

身近な人。

好きな人。

そして、自分自身。

未来の自分自身とか。

過去の自分自身とか。

何でもいいんですが。

今の自分が過去の自分に教えてあげるって言うのは

必ず役に立つでしょう、同じような状況の人に対して。

これはこれで意味がありますから。

いずれにしても、金儲けのためには

何か役に立つことをする、コレに尽きるということです。


コメントがあれば書き込んでください。

気が向けばですが。






タグ:金儲け
posted by いのりひと at 01:29 | 金儲け論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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