2010年11月28日

役に立たないものは放っておけ

ずっと前から、

自分が役立たずだと思っていました。

そして、誰かの役に立てなければ、

生きている意味がないと思っていました。

しかし、

役に立たないからといって、

捨ててしまうことも出来ないのです。

そんな時は・・・



放っておけ



ということだそうです。

役に立たないのなら放っておけ。

それだけのことです。

役に立たないのだから捨ててしまえばいいのですが、

自分を捨てるというのは非常に難しい。

だから、役立たずな自分は放っておけばいい。

片付けるわけにも行かないし、

目障りではあるけれど、

それ以外にやりようもない。

だから、どうにか役に立てようなどと

無理なことを考えずに。


放っておけ。


それでいいじゃないか、

ということだそうです。


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タグ:役立たず
posted by いのりひと at 12:42 | 心理状態 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月23日

鞍馬山に行きました

鞍馬山に行きました。

朝、10:30に出発。

茨木市駅から特急京都河原町行きに乗車。310円。

京都河原町から京阪電車に乗り換え。

京阪電車への乗り換えは看板どおりに歩けば何の問題もなし。

京阪電車で祇園四条から出町柳まで。210円。

ここからが遠い。

京阪出町柳から叡山鉄道に乗り換え。

これは、すぐ。

そのあと、叡山鉄道で終点鞍馬まで。410円。

短いはずですが、30分以上かかります。

そして、今日11月23日は祝日で平和の祈りの日なのだそうです。

紅葉の季節ですから、人が一杯。

電車の中では立ったまま。

鞍馬駅について、食事。

この時点で12:30。

鞍馬寺へ。拝観料200円。

階段を上がり、ケーブルカーに乗りました。

待ち時間30分。

乗車時間3分

登りは1kmだそうですが、

歩いても30分。

歩くのは大変そうなので待ちました。

ケーブルカー100円。

ケーブルカーで登ってお寺に参拝。

ここからは自力で歩き。

距離は短いのですが、普段歩いていないので階段がきつい。

多宝塔まで。

ここで、国宝の毘沙門天の仏像を拝みました。

展示会場の入場料が200円。

帰りはくだりなので歩けるだろうと思いましたが、

甘い。

甘すぎる。

普段の運動不足はそんなものではありませんでした。

足が震え始めたので帰りもケーブルカー。

ここも以上に人が多くまたも待ち時間30分。

ゆるい坂道や階段が思った以上にきついのです。

またも乗車時間3分。

のどかなアナウンスが始まって終わると到着。

紅葉がきれいですばらしい。

ありきたりな感想ですが。

片道1230円、往復2460円の旅でした。






タグ:鞍馬山
posted by いのりひと at 19:52 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月13日

妖怪わきが




妖怪わきが

だれが、喜ぶでしょう。

とりあえず、ということなら、これで退治。





ちょっと汗臭いとか言うレベルではないのです。

わきがですから。

ワキガでしたっけ?

人に迷惑がかかるとか言う前に、

自分でいやになるわけです。

ワキガですから。

におうので。


海外出張に行ったとき、





どうしようもない外国人がいました。

くさい。

その外国人の脇がちょうど私の顔の辺りなのです。

最悪。

においについては、

国によって、

民族によって感じ方が違いますので、

仕方ないのですが、

ワキガだったのです。

顔の辺りに、わきが。




どうしてくれよう・・・・



恐いので、黙っていましたが。


これを、買え。そして、使え。






お願いですから。

タグ:わきが 妖怪
posted by いのりひと at 21:07 | わきが | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月06日

雉が撃たれまいとして鳴かないのは卑怯なこと


雉が撃たれまいとして鳴かないのは卑怯なこと、だという。

笹川良一の母親の言葉である。



昭和の怪物だそうであるが、

私の中では「世界は一家、人類は皆兄弟、一日一善、火の用心」のおじいさんである。

内容はこれから読むので、その節はよろしく。




posted by いのりひと at 21:00 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月04日

金儲け論

金儲けをする場合考えておくことがある。


どうすれば儲かるか。


どうすれば儲からないか。


本当に当たり前のことだが、


金をもうけるためには人の役に立たなければならない。


あまりにも当たり前のことである。

そして、きれいごとのように聞こえる。

これがきれいごとのように聞こえる人へ質問する。

では、あなたは何の役にも立たないことにお金を払いますか?

金をどぶに捨てるという言葉があるが、

いまだかつて、そんなやつを見たことがない。

何の対価でもなく金を払っている人も見たことがない。

ものを買ったら金を払う。

面白いものを見たら金を払う。

必要なものに金を払う。

詐欺は別。犯罪だから。

そして、詐欺は続かない。

儲ける事は一時的で、継続性がない。

つかまれば牢屋行き。


もう一度聞こう。

あなたは、役に立たないものにお金を払いますか?

確かに、割高な買い物はある。

しかし、それは不必要なものではなく、

必要だと感じたから購入したわけで、

はじめからいらないと考えて買ったわけではないだろう。

だから、

お金を稼ぎたければ

人の役に立つ必要がある。

方法は色々。

何がいいかは分からない。

しかし、何か人の役に立つものでなければならない。

自分のために役に立ったことが

人の役に立てばラッキー。一石二鳥。


それにしても、

自分が金を払うとき、

役に立たないものには絶対に金を払わない、

もしくは払いたくないというのに、

金を儲けるときには、

人の役に立たなければならないというと、

きれいごとのように感じるのはなぜでしょう?

同じことの表裏だというのに。

そして、詐欺で騙された人は、

二度と同じ人や同じ手口では騙されない。

下手をすれば訴えられる。

自分が詐欺に合えば訴えたいのに、

詐欺のような商売をやって成功すると思う人がいる。

おかしいじゃないですか。

自分だけは訴えられないとでも思っているのでしょうか。

逃げ切れるとでも?

必ず追い詰められます。

大衆は甘くないのです。

簡単に騙せるようで、いつか見破られます。

本物でなければ。


だから、どうしても

お金を儲けたければ、

何かの役に立つ必要があります。

何が役に立つかは分かりませんが。


まあ、世界平和の祈りは金儲けにはなりません。

しかし、私の心の安定には役に立っています。

妖怪が平和でありますようにというのも、

自分の中の妖怪が暴れださないようにということで

役に立っています。

ウソを書くのがまずいです。

何回も騙せません。

ウソはつじつまが合わなくなるので、

いつまでも覚えておく必要があります。

しんどいです。

うそをついて金を手に入れることができるのも

才能なのでしょうが、もったいない。

それなら、小説でも書いて稼いだほうがいい。

小説はフィクションですから、

どんなにウソでもかまわない。

それを喜んで読む人がいるわけですから。

そういう意味ではとても役に立つわけで。

人を楽しませる、感情を揺さぶるというのは

とても素敵なことです。

当然お金を払います。儲かります。そのつもりでなくても。

儲かり方はやることによって変わるでしょう。

しかし、

役に立つことしか儲からない、というのは

事実です。


役に立たないことでお金を儲けることができるなら、

見ず知らずの人に

ジュースを一本おごってください、

といって

おごってもらえるはずです。

しかし、これではかつあげです。

ゆすりですから犯罪です。

きっとばれたら牢屋行きです。

それでは駄目です。

人に喜んでもらえることをしないと

お金はもらえません。

継続的には。

どうしても継続的に儲けなければ生きていけません。

だから、やっぱり人の役に立たなくてはいけません。

それ以外に選択肢はありません。

何が役に立つことなのか。

自分にできることはあるのか。

何をすれば儲かりやすいか。

その辺は大問題ですから、

というかそれが分かっていたらこんな文章は書いていません。


毎日を

役立たずといわれて過ごしています。

存在が許されている限り役に立たないということはないはずなのですが、

人の目では役立たずでも、

自然の中では何かの役に立っているかもしれません。

そのあたりは希望がないとつらいでしょう。


生きているということは、

許されてここにいるわけで、

必ず何かの役に立っています。

ブログだって、

本当にスパムブログなら

アカウントが削除されて

存在が消えてしまいます。

あなた自身が役に立つ存在であるから生きることが許されている。

あなたが生きていて伝えたいことがあるなら、

それは十分役に立つことのはずです。

それこそが金儲けのはずです。

そこにあなたの仕事があるなら、

誰かのために役に立っているから給料がもらえるはず。

役に立つ予定がなければ、

給料ではなく月謝を払っているでしょう。
あなたは、生きているだけで誰かの役に立っている。

自分は役立たずだと思う人は、

あなたの存在を許している大いなるものを冒涜している。

何の意味もなく、

役に立つ見込みもないものを

神は存在させることはない。

自然の中に無意味なものはない。

人間のレベルでは解らないというだけのこと。

解らずに役に立っていることはいくらでもある。

実際に。

だから、


確かに、人間の見ているレベルでは役に立たなかったり、

邪魔だったりするものが、

あとで重要なものだったとか、そういうことがよくあるわけで。


本当にあなたが役に立たないのなら、

この世には存在していない。


神からすれば人間の命など好きなようにできるのだから。


自分の目線では役立たずかもしれないが、

神の目線では絶対に何かの役に立っている。

そうでなければ存在できていないのだから。


人の喜ぶことをせよ。

そして、何をすれば喜んでもらえるかを

真剣に考えましょう。


お世話になっている人。

身近な人。

好きな人。

そして、自分自身。

未来の自分自身とか。

過去の自分自身とか。

何でもいいんですが。

今の自分が過去の自分に教えてあげるって言うのは

必ず役に立つでしょう、同じような状況の人に対して。

これはこれで意味がありますから。

いずれにしても、金儲けのためには

何か役に立つことをする、コレに尽きるということです。


コメントがあれば書き込んでください。

気が向けばですが。






タグ:金儲け
posted by いのりひと at 01:29 | 金儲け論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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