2010年08月30日

人間は神々の子羊である

この記事はあくまでもギャグ・ユーモアジャンルです。

決して本気にしてはいけません。

もし、本気になったとしても、

本気だということを隣の人にはいわないほうがいいでしょう。

今の日本であれば、宗教裁判にかけられることはないでしょうが。

では、行きます。


ここに教義を示します。

1.人間は神々の子羊である。

2.自由とは何者にも依存しないことである。

この2点はいろいろな宗教でいやというほど取り上げられています。

「子羊の自立」では、

さまざまな悩みをこの2点から見ることにより

解決を図ります。

さて、解説です。

まず、1.の「人間は神々の子羊である」の意味ですが

かなり衝撃的です。



地球人の人間は宇宙人のクローンであり、

労働者として作られた。


ということです。

この考えは以下の書籍に書かれています。






この様な説は、他にも色々ありますが、

現在、我々が実行しようとしていることと同じことを

ずっと進んだ神々が実行していたとしてもあまり不思議ではありません。

実際、現在人間のクローンを作ることについて、

かなり議論があります。

それでも、たとえば、

自分のクローンがいれば、何かの病気のときに

臓器移植を受けることができます。

神々の知的レベルが我々より優れていて、

倫理観が異なれば十分考えられることです。


人間にサルの臓器を移植するとしたら、

サルの立場を考えるでしょうか?

最近、口蹄疫が大流行しましたが、

死ななくてもいい牛が大量に殺されました。


人間は神々の子羊なのですから、

生かすも殺すも神々の考え次第なのです。

神々は知的レベルが高く、

しかし倫理観は人間とは違いますから、

人間の大量虐殺などなんとも思いません。

いや、我々が牛を大量殺戮した時くらいの気持ちには、

なるかもしれません。

それでも、結局やるわけですが・・・

ということで、この「子羊の自立」は、

まず、「人間は神々の子羊である」

という現世で人間がおかれている立場を理解することから

始まります。


クローンを作ることができるようになった人類が

実は神々のクローンであった。

また、神々には善意も悪意もない。

その感情は「羊飼い」と同じで、

珍しい客人が来れば上等の子羊の肉料理を出し、

普段は羊の乳を飲み、チーズを食べ、

羊の毛を刈り取り、皮も使って住居や衣服にする。

糞まで燃料にする。


しかし、これだけではあまりにも絶望的です。

だから、「自立」が必要です。


それについては、また今度。




タグ:人間 子羊
posted by いのりひと at 23:55 | 子羊の自立 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月27日

語らない人形に真実を語る

人間はひとりになると本音が出ると思う。

そんな時、人形やぬいぐるみがいると、

意味もなく本音を語る。

聞かれても誰にも言わないし、

そもそも何を言っているのか分からないのだが。

自閉症やうつ病の治療でもある。

ペットを飼っている人が欝になりにくいという話も聞く。

それにしても、語らない人形に本当のことを語るというのは、

なんとなく不思議な感じではある。


タグ:人形 真実 語る
posted by いのりひと at 23:01 | 心理状態 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

肉体は不便を楽しむためにある

どうも。

最近気がついたことですが、

魂にとって肉体は鎧のようなもので、

周りから危害を及ぼされたり、

周りに迷惑をかけないためにまとっているだけで、

実は、結構重たいものだ、ということです。

いってみれば不便なもの。


まあ、こんなことは多くの人が薄々感じていると思うのですが。


では、なぜ不便な肉体をまとっているのか。

自分を守るため、というなら身軽に魂だけでいたほうが楽でしょう。

色々考えて思いついたのが、

実は、わざわざ不便な状態にして、それを楽しんでいるのではないか、

ということでした。


たとえば、便利な都会の生活に慣れてしまったら、

たまにキャンプにいってリフレッシュ、とか。


RPGゲームでもはじめから最高レベルでは

つまらないわけで・・・

(ラスボスが倒せるレベルで始めたい人もいるとはおもいますが)

思ったことが実現するにしても、

かなり時間差があるというのがこの世の習い。

時間、空間、肉体、重力など、魂を縛り制約するものは、

皆、不自由を楽しみ、不便を楽しむものではないのでしょうか。

この世で人間として生活するということは

チョッと不便だったり、理不尽だったりするのが

楽しい、というかなんというか・・・

山登りはしんどいけれど、しばらくするとまた登りたい感じ。

むしろ、ハンデが大きいほど面白いと思っているのかもしれません。

魂のレベルでは。



タグ:肉体 不便
posted by いのりひと at 22:43 | 人格 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月20日

天下りが嫌われる訳

上野健一郎さんのメルマガ秘伝を読んでいて気付いたことです。

大抵の場合、天下りは嫌われます。
上位管理職も嫌われます。

理由は?

できもしないことを勝手に命令するから。

組織に身を置いたことがある人なら、よく分かることでしょう。

では、なぜそんな無理を言うのか。


気がつきました。


彼らは自分では行動しない。

命令して結果をチェックするだけ。

行動する人間からみると、出来そうな方法さえ示さない。

それが出来ないなら、部下に任せればいいのに、それも出来ない。
出来ない命令をして結果を出さないと文句を言う。

嫌われます。


本当に自分でやるなら引っ掛かるところがあればその解決法を考えるのでは?

問題が起こってから、「何とかしろ」と言うのでは…本当に嫌われます。

そして、この文章を読んで、「そうだ」と思っても、どうしていいか分らない。

行動することにピントが合わない。

具体的方法を示すことの重要さを理解出来ない。


自分でやらないのですから。

戒めということで。
posted by いのりひと at 08:22 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月13日

差別の無い世界

差別の無い世界が来れば世界は平和になるだろうか。

まあ、現実には難しい。

ネットの世界なら、ここにあるのは、ただの情報で、究極的にはゼロと1の組合せだと言われれば分かるのだが。
実際に生きているこの世界も、原子のレベルに分解すれば、違いは無い。

宇宙の大きさから見ると区別は無い。

地球の単位として見ると、すべては一体。

トポロジーでは、円も正方形も、閉じた図形としては同じ。

それでも…

やっぱり水と油は違う。

頭では分かるのだが、区別は残る。

ということで、差別なき世界を身をもって知ることはなさそうに思う。

何にしても、人間諦めが肝心。

立派な悟りを開くのは、来世の魂に任せよう。

せめて世界平和の祈りを。
posted by いのりひと at 13:32 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月03日

うんこおしっこ製造機

人間はえらそうにいっても、

結局、食べて出しての繰り返し。

生物は基本的に必要なものを取り入れて

不要なものを出しての繰り返し。

だから、人間はうんこおしっこ製造機。

コウジカビがやったら発酵。

普通のカビがやったら、腐る。

やってることは一緒。

何か物質を取り入れて、化学反応して、外に出す。

これの繰り返し。

食べて、飲んで、息をして。

うんこやおしっこを出す。

どんな偉い人でも、

赤ちゃんでも、同じ。

あなたも、わたしも。

金持ちも、ビンボーも。

金持ちが高級なうんこを出すわけでもない。

汚い話だが、それはみんな一緒。

王様も、死刑囚も。

美人がおいしいおしっこを出すわけでもない。

もし、甘かったら病気。

お笑い芸人が、おかしな格好のうんこをするわけでもない。

みんな、汚いものを出すだけ。


たまに、思い出す。

生物としてはそれは仕方のないことで、

これでいいのだ、と。
posted by いのりひと at 21:40 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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